末路 | シュレッダーフランキスカ 末路 | シュレッダーフランキスカ

末路

プロローグ

 私は料理を作る。
 それが私の仕事だから。
 私は料理を作る。
 働かなければ生きていけないから。
 私は料理を作る。
 私の料理を待っている人がいるから。
 私は料理を作る。
 私は生きていたいから。

 あたしの名前はルナ・アルルロート。どこにでもいる村娘のはずだった。
 だった、というのは今は違うからだ。
 ある日、王宮の専属の占い師とかいうクソババアが”7月31日に選ばれし女勇者が生まれる”とかいうゴミみたいな戯言をぬかしやがった。
 そのせいで運悪く、偶然7月31日に生まれてしまった私は、街はずれの村に生まれて農家の娘としてどこかに嫁ぎ優しい旦那と元気な子供に囲まれて平和な一生を過ごすはずが、神に撰ばれた勇者として魔王を討伐するための鉄砲玉となったのであった。

 気が遠くなるほどの長い旅を経て、ついにあたしは討伐の対象である魔王と対峙した。
 魔王は見るからに毒々しい黒ずんだ深緑の髪に深緑の瞳、そして深緑の鎧を身にまとった大柄の男だった。頭に生えている深緑の2本の角と頭頂の禿がこの男が人間でないでないことを語っている。
 「禿は関係ないのではないか?」
 魔王が何か言っているが神聖な勇者であるあたしは野蛮な魔族の言葉に耳を傾けたりしないのだ。

 「勇者が我が城に乗り込んできたと聞いていたが、勇者がまさかこんなに麗しい美少女だとは驚いたぞ」
 魔王が何かほざいていたがあたしは気にせず持っていた剣で斬撃を放った。
 斬撃は話に夢中になっていた魔王の顔面に直撃し、魔王は「ごへっ」と情けない悲鳴を上げ情けなく崩れ落ちた。
 魔王はよろよろと立ち上がると、「人が話している最中だぞ」と説教をし始めたがあたしは無視してもう一発斬撃を放った。
  魔王が何か言っているが神聖な勇者であるあたしは野蛮な禿の言葉に耳を傾けたりしないのだ。
 「だから禿は関係ないだろうが」
 ちっ、躱しやがったか。

 「待て、勇者よ。我は人間が大好きなのだ。できれば戦いたくないのだ。」
 魔王が何か言っているがあたしは斬撃を放ち続ける。
 大体何が”人間が好き”だ。魔族を率いて人間の領地を侵略してきたお前がそんなことを言っても信じるわけがないだろう。ただでさえ禿の時点で説得力がないというのに。
 それにお前は戦いたくなくても、あたしにはお前と戦わなければならない理由があるのだ。
 斬撃が1発魔王の体に当たり、魔王が呻き声と共に後ろに吹き飛ぶ。
 だが魔王は何食わぬ顔で立ち上がり「お前ほどの美少女を殺すのは惜しい。我が軍門に下らんか」とあたしに人間に対する裏切り行為を提案してきた。
 そんな提案にあたしが乗るわけもなく、拒否の意味を込めて無言で斬撃を飛ばし続けると魔王は楽しそうに笑い、「話す気はないか。では力尽でいかせてもらうぞ」とつぶやくと、色鮮やかな魔法をあたしに向かって飛ばしてきた。

 勝敗は一瞬で決まった。
 魔王の魔法にあたしは為す術なくボロボロになった。
 あたしはボロボロになって立つのもやっとというのにも関わらず、幾多の斬撃を受けたはずの魔王はピンピンしている。
 「最後にもう一度聞くぞ。本当に我のもとにつく気はないのか?」
 魔王が最後の情けをかけてくるがあたしは首を横に振った。
 あたしの人生はクソババアのせいで魔王を倒すことだけに捧げられてしまったのだ。あたしの人生には魔王討伐しかない。だからあたしは魔王なんかには屈するわけにはいかないのだ。
 魔王は「そうか」とだけつぶやくと、極彩色の魔法を放った。
 魔法があたしの体に直撃し、あたしの意識は刈り取られた。

 目が覚めるとあたしはベッドの上にいた。
 あたしは確かにあの時魔王に負けたはず。だというのに何故生きているのだろうか。いや、その前にここは一体どこなのだろうか。
 それにあたしの恰好もいつの間にかプレートアーマーからヒラヒラのついたネグリジェのような衣装に変わっている。
 まさか魔王が着替えさせたのだろうか。何の為に?禿のくせに?理由がわからない。
 疑問は山のようにあるが、体が重く頭もぼんやりとしていて考えがまとまらない。
 「目が覚めたか?」
 しばらくすると魔王が部屋に現れあたしに声を掛けてきた。
 あたしは魔王になぜあたしを殺さなかったなか、なぜこの様に生き恥を晒させるのか聞いてみた。
 すると魔王は「言っただろう。我は人間が好きなのだ。だから貴様を手元に置こうと思ってな」と答えた。
 何なんだよその答えは。ストーカーか、気持ち悪いぞ。
ただでさえ禿のくせに。
 「何故貴様はそんなに禿に当たりが強いのだ」

 どうやらこの禿はあまりに可憐なで魅力的なあたしにひかれ、手籠めにしようとしているらしい。
 「貴様は何故そんなに自分に自信があるのだ……」
 その後魔王にここが魔王城の一室であり、着替えはメイドに行わせたと聞かされた。
 メイドなど存在していなくて本当はこの禿が着替えさせたんじゃないかと疑っていたところ、「お食事の準備ができました」と本当にメイドが部屋に現れた。
 魔王が「どうだ、本当にちゃんとメイドだぞ」と言っていたが、別にメイドがいたからって本当にメイドが着替えさせたとは限らない。
 それにこいつは禿なのだ。きっと性欲にまみれて性格のねじ曲がった下劣に違いない。
 「貴様いい加減にしろよ」
 いい加減にしろといわれても、お前は禿じゃないか。このメイドもきっと脅されて夜な夜なあれやこれややらされているに違いない。
 そう思いメイドを見ると、ある疑問がわいた。このメイドは本当に魔族なのか?
 全身深緑の禿は見るからに魔族だが、このメイドは輝くような銀色の髪に透き通る様な藍色の瞳を持っており、さらには禿げていない。
 「禿は関係ありあませんが、私は人間ですよ」
 「こいつは貴様のように魔王城に乗り込んできた人間だが、貴様と同じく殺すのが惜しいのでメイドとして使っているのだ」
 あたしのように魔王城に乗り込んで、というとこいつも勇者なのだろう。でも今こいつは魔王のメイドをやっているということはだ。
 なんということだ。こいつは人間を裏切ったというのか。
あたしが詰め寄るとメイドは軽く微笑み「魔王様はとても恐ろしい方ですので」と言った。
 くっ、この禿がどんなに恐ろしい奴だとしてもあたしは絶対にこいつのように屈したりするものか。
 この禿があたしを手元に置いておくというのならいつか絶対隙をみて寝首を掻いてやる。

 魔王が私に御馳走してくれた食事は見たことがない程に豪華なものだった。
 魔王いわくこの料理はメイドが作ったものらしい。
 「どうだ美味いだろう。メイドはこんなに料理が上手いのだ。我が殺すのをためらう気持ちが少しはわかっただろう。」
 魔王の言う通り料理はあたしが今までに食べたことがないほどに美味かった。
 「まあ、その前の戦いで斬撃を放って我の頭皮を剥いだ時は殺そうかと思ったが。」
 何だ、あのメイドただの裏切り者かと思ったが結構いい奴じゃないか。
 しかし、何故あたしにこんな豪華な飯を与えるのだ。あたしが力を付けお前に歯向かうとは思っていないのか。
 そういうと魔王は笑いながら「貴様が少しくらい力を付けたとしても我には勝てん」と言った。
 クソっ、禿のくせになめやがって。
 いつか絶対、力を付けお前を倒してやる。

 食事の後、あたしは部屋に戻された。何故か魔王も一緒に部屋に来た。
 いや、何故部屋に来たかはわかっている。
 美少女と野獣が同じ部屋に1人、やることは決まっている。
 勇者に選ばれて、それ以来魔王を倒す修行ばかりをやらされていた身の為そういった経験は一切ないが、あたしは勇者。絶対に魔王に弱い部分を見せるわけにはいかない。
 そう自分に言い聞かせ心の準備をしていたところ「魔王様、準備ができました」とメイドが部屋に入ってきた。
 だが、ついにかと覚悟を決めた瞬間魔王が「では頼む」と言った。
 は?
 頼むってなんだ。メイドに頼むってことはあたしはメイドとレズセックスをするのか?
 ま、まさか、この薄汚い禿は3Pを行うというのか。
 なんという奴だ。ただでさえあたしは初体験だというのにこの薄汚い禿は。やっぱり禿はダメじゃないか、こんなにも性欲にまみれて……
 「何を勘違いしているのだ貴様は」

10

 どうやらメイドとレズセックスするのではなく、メイドがマッサージしてくれるだけだった。
 魔王に至ってはマッサージが始まるとあたしに一瞥もくれず部屋から出て行ってしまった。
 メイドのマッサージは極上だった。高そうなオイルが潤沢に使われ、体中を時には強く、時には優しく揉み解された。それはあまりにも気持ちが良く、長年の修行でガチガチに張り詰めた体が軽くなるのが手に取るように分かった。
 しかし、何故魔王はあたしにこんなことをするのだろうか。体が癒されたあたしが魔王に襲い掛かるなどとは思わないのだろうか。
 「随分と凝っていらっしゃいますね」などと呑気に呟いているメイドにこのことを聞いてみると「魔王様に勝てる方など存在しませんので」という何ともむかつく返事が返ってきた。
 言い返したくなるが実際あたしは魔王に負けてしまっているので何も言えず、別な質問をすることにした。
 だが、元気になったあたしがここから逃げるとは思わないのか聞いたら「魔王様から逃げられる方など存在しませんので」という返事が返ってきた時点でこのメイドに質問をしても無駄だと思い、あたしは眠ることにした。
 マッサージの気持ちよさもあって、あたしの意識はあっという間に深い眠りへと落ちていった。

11

 次の日、魔王はあたしの部屋にやってきた。
 何をするのかと思えばボードゲームを取り出し相手をしろなんて言ってきた。
 あたしはボードゲームのルールなんて知らないと言ったら禿はあたしのことを鼻で笑いやがった。
 しょうがないじゃないか。あたしは小さいとき勇者として村から王宮に連れられていった後、ただひたすら魔王を倒すためにずっと剣の修行をひたすらやらされ続けていたんだ。友達何か一人もいないし、もちろん誰かと一緒に遊んだこともない。
 そういうと魔王はあたしにボードゲームのルールを教えてくれた。
 今の状態で魔王に逆らってもいいことはないので渋々ルールを覚えると、ボードゲームで魔王と対戦することになった。
 負けたら何かされるんじゃないかとビクビクしていたら、ただゲームをするだけでその日は終わった。
 結局何がしたかったのか魔王に聞くと、「貴様と楽しく遊びたかっただけだ」と言われた。
 何だこの禿は。あたしはお前を倒しに来たんだぞ。何故そんな奴と楽しく遊びたがるのだ。
 「言っただろう。我は人間が大好きなのだ」
 やはりこいつは野蛮な魔族だ。思考が全然理解できない。
 あたしはその後メイドの作った食事を取り、メイドのマッサージを受けながら眠った。
 ただ、初めてボードゲームはとても楽しかったし、魔王とはいえ友達ができた様な気がして嬉しかった。

12

 その後、魔王は毎日のようにあたしの部屋にやってきた。
 そして魔王は毎回あたしの部屋に来る度にあたしを色々なことに誘ってきた。
 ある日はトランプやチェスなどを楽しんだり。
 テニスやホッケーという、修行ではなく娯楽として体を動かすことをしたり。
 2人でバレエやサーカスを見たりもした。
 この前なんか芸術を理解する教養を学ぶためということで魔王を称える歌を作らされた。禿を馬鹿にする歌詞にしたら魔王が切れて楽しかった。

13

 あたしは魔王を倒す為に王宮に連れられて、幼少から旅立つまでの時間をすべて修行に費やさせられた。
 だからあたしは何としても魔王を倒したかった。だってあたしの人生、それしかないから。
 だけど、魔王はあたしに王宮に奪われた時間を取り戻すかのように色々なものを与えてくれた。
 それに加えて豪華な食事とメイドのマッサージ。あたしが人間を裏切り、魔王に惹かれるのにはさほど時間がかからなかった。

14

 ある日の晩、夕食の後あたしは魔王に深く抱き着かれた。
 昔のあたしだったら「何すんだこの禿」と反抗したのだろうが、今はもう顔が赤くなって、鼓動が早くなり、頭が真っ白になって、体が動かなくなって何も出来なくなる。
 そのまま魔王はあたしの全身を弄ってくる。
 あたしは「あ、あっ」と色っぽい吐息が漏れるだけだった。
 あたしは自分にこんな女のような部分が残っていたのかととても驚いたが、自分の体を見て納得した。
いつのまにか屈強な勇者の肉体は日々の生活によって柔らかな女の身体へと変わっていた。
 もうあたしは勇者じゃない。この禿に恋する1人の女だ。
 魔王は体を弄っても顔を真っ赤にして抵抗しないあたしを見て「もういいだろう」と呟き、メイドが「そうですか」と返事をした。
 何がもういいのかあたしは言われなくてもわかった。
 夕食ももう終わっており、後は寝るだけ。そんな時に全身を弄られたのなら、やることは1つだ。
 あたしは魔王に求められると思うと全身が熱くなり、胸に何とも言えない幸福感が広がった。

15

 「では準備致しますので」
 メイドがそういうと魔王は部屋から出ていき、あたしはベッドに寝かせられた。
 そしていつも通りマッサージが始まったが、今回は香が焚かれ、いつもより念入りに全身を揉み解された。メイド曰く「最後の仕上げ」らしい。
 マッサージが始まってしばらくした後、メイドがぼそぼそとあたしに話しかけてきた。
 「……結局、逃げませんでしたね」
 そういえばあたしは昔メイドのマッサージを受けながらそんなことを言ったのを思い出す。
 確かにあの時メイドに言われた通りあたしは逃げなかった。いや、逃げられなかった。それどころかあたしはもう魔王を討伐する気さえ失っている。
 確かに魔王は恐ろしい奴だな、とあたしが呟くと「全くです」とメイドも言った。
 2人で笑いあっていると急激な睡魔が襲ってきた。メイドのマッサージを受けていると気持ちいいのか毎回そのまま眠ってしまうのだが、今日もそれは変わらないらしい。
 そのまま意識を手放そうとした時、メイドがまた話しかけてきた。
 「貴方は幸せですか?」

16

 何故メイドが突然あたしにそんなことを聞くのか気になったが眠くて頭が回らなかった。
 だけど次の瞬間、今までの人生が一気に頭の中に思い浮かんだ。
 親から引き離されて王宮に連れていかれ、毎日修行ばかりの日々。
 それが終われば魔王城を目指す旅に出され、敵だらけの魔物の領地で死にかける毎日。
 こうやって思い出すとあたしの人生はろくなもんじゃないな。
 だけど最後にふと魔王城での日々を思い出す。
 ああ、ここでこんな幸せな毎日を過ごすためだったら、あの辛い日々も悪くはなかったんじゃないかな。
 そう思ったあたしは”幸せだよ”とメイドに告げた。

17

 「そう言ってくれると私の罪悪感も薄れますわ」

18

え?
 今なんて……
 あたしはメイドが言ったことの意味がよく解らず、聞き返そうとした。
 しかしあたしは眠気に耐えられずそのまま深い眠りへと落ちていってしまった。

19

 そしてあたしが目覚めることはなかった。

20

 「魔王様、夜食のお味はいかがでしょうか」
 「うむ。とても美味である。それに加え、この一皿の為に今までやってきた苦労を思うと余計に美味く感じるな」
 「魔王様、逃げないように毎日手間をかけていましたもんね」
 「ああ。毎日毎日大変だったぞ。それにしてもお前は素晴らしいな」
 「……何が、でしょうか」
 「料理の腕だ。今までのように丸焼きでも十分美味だったのだが、調理とやらをするだけでここまで美味になるとはな。」
 「……」
 「最初は死にたくないだけの出任せかと思ったら、ここまで料理が上手いとは。本当にお前を殺さなくて正解だったな」
 「……私も魔王様にお仕えできて幸せです」
 「はっはっは。そうであろう、そうであろう……む」
 「どうかなさいましたか?」
 「どうやら我が城にまた我の好物が乗り込んできたようだ」
 「では、また?」
 「うむ、脂が乗るまでいつも通りだな。しかし何故我が城に来る奴は皆硬い肉ばかりなのだ」
 「それはここが魔族の領地の最果てだからでは?」
 「だからといって魔族王が人間領に赴くわけにはいかないだろ。まあいい。あいつをサクッと倒してくるからネグリジェを準備しておけ」
 「かしこまりました」

エピローグ

 私は血まみれになった厨房を掃除する。
 厨房のドアの向こうから激しい爆発音が聞こえる。魔王と勇者が戦っているのだろう。
 新しく来た勇者がどんな奴かは知らないが、きっとあの禿は倒せないだろう。
 クソババアの予言に選ばれた女勇者とは私のことなのだ。後の勇者はただ偶然私と誕生日が同じだけの哀れな普通の女の子。
 勇者の私ですら出来たのはあいつの頭皮を剥いだだけ。普通の女の子じゃ傷一つ付けられないだろう。
 そのためこの城にやって来る女はどんどん料理へと変わっていく。
 なのに王宮は何も知らないからどんどん女を送り込んでくる。いつか女の中に勇者が混じっていて、魔王を倒してくれることを信じて。
 爆発音が止む。戦いが終わったらしい。魔王の笑い声が聞こえる。きっと勇者が負けたのだろう。
 勇者も可哀想に。ただ私と同じ誕生日だったために人生を奪われ、辛い思いをし、最後は太らされて食べられるなんて。
 何よ。
 頭の中で声が聞こえる。
 煩いわね。
 煩い。煩い。煩い。
 煩い。御免なさい。煩い。
 煩い。煩い。許して。
 いいじゃない、最後に幸せな思いをしたんだから。
 いいじゃない、幸せだったんでしょ。
 許してよ。
 私だって死にたくないのよ。
 許してよ。
 だって、私の人生、あいつらに、奪われて、空っぽ、何だもん。
 まだ、死ねないわよ。
 貴方達は、幸せ、だったんでしょ?
 なら、もう、いい、じゃない。
 だって、私、まだ、幸せに、なって、ないもん。
 許してよ。
 魔王様が呼ぶ声が聞こえる。
 ネグリジェを持って行かなくては。

戻る